イオリン手記

Stay Gold, Ponyboy.

強い人を引っ張ってくる採用戦術と愛

今僕は採用に関わるようなこともやっている。気づいたらチームを率いるような立場にいるし、実際僕は今、動かせる馬力が足りないので採用にも口を出している。ただ、僕が欲しいのは単独航行して成果を出せる「強い人」なのだけれど、ここがとにかく難しい。 誤解が出る前に定義をしておくけど、僕がここでいう「強い人」は任せられた仕事や課題に対し、単独で問題を拾い上げ、やるべきことを特定し、それを遂行するためにあらゆる手を尽くす人。自分の専門性が合致すれば自力でやるし、そうじゃなくても自力で他人の協力を得て遂行できる人。つまり「与えられた戦場で単独で戦果を出せる人」だ。 人事の方とも話すんだけれど、いわゆる世間一般で市民権を得ているような採用方法では「強い人」は引っ張ってこれない、というジレンマを抱えています。そもそも転職市場に出てくる人なんてのは「一般的な人」なので、その市場から人を引っ張ってくれば一般レベルは越えないのは当たり前なんだけれども。 これは他の方々や世の中の強い人の動きや話を聞いてもそうで、例えば「強い人は採用フォームに応募なんかしない」「強い人同士で仕事をまわし合っている」といった話は枚挙に暇がない。ここで「こういう役職で採用フォームを開きましょう」というアイデアを採用しても、残念ながら強い人はほとんどこない。 一方で「エージェント」という仕組みも少々ゆがんでいる。というのも色々話を聞くと、エージェントの報酬設計が「とにかく数をこなすこと」に特化しているようでして。採用の数が報酬に直結していて採用の質がほとんど無視できてしまう。 もちろん、「6ヶ月以内に離れたら報酬半減」みたいな仕組みもあるそうなんだけれど、ここの損害期待値(実際に発生する確率とその場合の被害量)が低いので、結果的に大量に数をさばける人が優秀だと評価される設計になっている。 エージェントという仕組みが動くのはスポーツとか俳優とかのように「動く人材の母数が少ない」あるいは「個が強すぎる」というケース、つまりは数で勝負できないケースでのみエージェントという枠組みが作用するんですね。今のエンジニア人材の世界は有象無象が溢れまくっているので、エージェントは「雑魚を数多く捌く」という歪み方をしている。 === じゃあどうやって強い人を引っ張ってくるかというと今思い浮かぶのは2通りあって、1つはおそらく多くの企業がやっているであろう、「数多く採用して奇跡的な人材が出てくるのを待つ」という方法。これは潤沢な組織的体力とある種のブランド力といったモノがいる。そして現代の一般的な採用というのはこの考え方に根ざしている。 けれども多くの中小企業はそんなことをする体力はないので、博打的な行為となってしまう。だからこそ「採用って難しいよねー成功しないよねーー」というハナシがよく出てくる。この方法論はそもそも良い人材を都合よくピックアップするための方法じゃなく、砂中の金を拾うためにシャベルカーで大量の砂を拾う方法だ。 じゃあもう1つは何かというと、強い人に目星をつけて会いに行くことだと思う。実はこっちのほうが古来より使われていた戦法だ。「引き抜き」と言っても良いし、調略でもいい。「すごい仕事をしているアイツ」に振り向いてもらい、ウチに来たいと思わせる。 そしてそのために必要なのは「好きになってもらうこと」「ファンになってもらうこと」だと僕は思っている。実際僕は(自分が強いというわけではないけれど)今仕事を選ぶなら、僕が好きな会社や好きな人たちのいる会社にいきたい。だからこそ、魅力的な人たちを引っ張ってくるには、好きになってもらうしかない。 実際、スポーツ界のトレードや契約周り、あるいは映画制作などのエンタメの場では「実際に会いにいく」「その中で好きになってもらって引っ張ってくる」というのはとても多い。スポーツ界だと、それをやりすぎないように制限するルールがあるくらい一般化しているし、ハリウッド俳優が「脚本と監督に惚れ込んで承諾した」というのは王道とさえ言えるキャスティング方法だ。 一方でIT業界・・・あるいはその他大勢のお仕事においては会いに行って説得したり好きになってもらったりして人材を引っ張ってくる、というのはほとんど聞かない。採用サイトに登録したりフォームに応募したりして、大多数の中から選ぶような戦略だ。この戦略だとそりゃあ「強い人」はラッキーレベルじゃないと引っ張ってこれないし、うまく行く確率も低い。 これは別に採用に限らずだけれど、「あぁその程度しかコスト割いてくれないのね」と思われたら強い人は一緒に歩いてはくれない。だって他に魅力的な選択肢があるんだもん。 そういう意味で僕が長野にいるのは実はちょっと良いように働くかも?と思っているのは、「長野からわざわざ来てくれた」という箔をつけられるからだ。チームや組織に熱量を伝えるのは難しいかもだけれど、誰かに会いに行くハードルが高いのは、それだけ「会いにきたぜ」とできる。 ==== ちょっと違うけれど来週から少しの間だけ東京に滞在する。これはまた別のモチベーションというか要因でチームの人に会いに行くためだ。もちろん大変なんだけど、それでも「会いにきたよ」ということは絶対意味があるし、僕自身も「会いにいきたい」と思っている。 こーいう部分にコストを割くのが案外バカにならない・・・と思う。信じている。
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