イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

「在る」へのリスペクト

リスペクトとは、一言で言えば「敬意」である。では、何に敬意を示すのか。リスペクトが大事だ、敬意が大事だとよく見聞きするけれども、それらは何に対するリスペクトなのか。それを問われてサッと答えられる人はいるのだろうか。 僕はそれは「在ること」に対する敬意だと思っている。僕がAさんをリスペクトしているというなら、僕はそのAさんがそこに在ることに対して敬意を表するのだ。そこにたとえ考えの違いがあったとしても、性格が合わないとしても、それとして「在る」ということに敬意を示す。それが僕にとっての「リスペクト」ってやつだ。 さて、そういう意味合いで言えば僕はすべてにおいてリスペクトを持っている。人もそうだし、動植物にも太陽にも山や河や海にも、リスペクトを持っている。冷静に考えて河ってすごいぞ。何十年、何百年、あるいは場合によっては先年以上、流れ続けていて、それが今に繋がっている。そこに僕が感じるのは、敬意以外の何ものでもない。木々だってそう。 で、まぁ対人に対してもそうで。でもこれは、「敬意があれば一緒にいれるか」というわけでもない。なぜなら、僕は自分自身についてもリスペクトを抱くからだ。自分の「在る」も、君の「在る」も肯定し、敬意を表する。そうならば、決してそこには握手だけではなく「さようなら」や「ばかやろう」だって、混ざるはずだ。それこそがリスペクトだとも思う。
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