日本人の神さんと祈り
昨日、ふとSNSで海外の方が「日本には八百万の神がいると言うが、それなら君たちはどのようにして祈る対象の神を決めているのか」と問いかけていた。なるほど興味深い問いだなあと思った。色々な方々が考察していたのもおもしろかった。
さて、僕なりに答えるなら、まず日本における「神」とは、客神であり、「迎えるもの」であるという点がひとつ。そして日本人は特定の神に祈らず、「神々」という集団に祈るのだと思う。神社寺院に特性はあれど、おおよそ神々に祈る。そうすると、神々のうちその祈祷に応えられる神が訪ねてきてくれるだろう、という感覚なのだ。
客神なので、直接的な救いを願う感覚がない。信仰心を持っていれば、いずこの神が訪れてくれるだろう。そのための応接間=神棚を用意し、そこにご馳走(御神酒など)を用意するわけだ。今年も神さんのおかげでいい作物ができました、いただいてくださいな、と米俵を神々に奉納するのだ。
だからおそらく、日本人は神に対しては滅多に祈らないのだ。たまに祈るにしても、直接的なコミュニケーションとしては祈らない。そうではなく、客神が訪れる場所に対して祈りを置いておくくらいのものだ。だから特定の神に対しては祈らない。どの神さんが来てもいいのだ。この祈りは「あの人が元気だったらいいな」と祈るようなモノだ。
ちなみに九十九神(=付喪神)については、これは神という名を持っているけれど、その実は魂=ソウルであって神=ゴッドではない。いや、神に成る者もいるにはいるが、「万物に神が宿る」というのは基本的にソウルのハナシだ。僕らは神に願い事はするが、付喪神にはしないのは、ソウルだからだ。