イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

欠点を暴きつづける

ふと、SNSを眺めていたら、「おまえのことを悪く言うやつがいたら、それはおまえじゃなくて言ったやつのほうに問題があるんだぞ」というのを教育する熱血サッカーコーチの動画が目に入った。普段はあまりそういうのは見ないのだけれど、つい見てしまった。 なるほど一見すると良さそうな、とても耳さわりの良い言葉だ。「人の悪口を言ってはいけません」という倫理観とも合致する。でもどこか引っかかってしまった。そんなこともないんじゃないか、と。なぜなら、先の動画には「おまえのことを下手くそと言う人がいたら、それはお前の問題か?違うよな」という発言が含まれていたからだ。 たとえば「やーい、おまえの母ちゃんでーべそ!」みたいな言葉は、無視していいとして。「君はシュートが下手だね」というのは、まぁ言い方云々はあるとしても、ある意味では受け止めるべき言葉じゃないかと思う。ストライカーがシュートが下手なら、それはなんとかしないと。 先日、雇った新人の試用期間レビューがあり、そこで僕は良いところと悪いところをしっかり伝えた。「ここは素晴らしい、突き抜けている」「ここは遅れをとっている」と。その上で、どこをどう延ばすべきか、今後どうするべきかというハナシをした。成長とは、自身の至らなさを暴き続ける行為でもあるわけで。 ちなみにその動画は海外のコーチの言葉を和訳していたのだけれど、おおもとの言葉は「誹謗中傷を気にするな」というハナシだった。危ない危ない。こうやってSNSにいる連中はしれっと編集をかまして、注目を集めるのだ。たとえ誰かの言葉に感銘を受けても、自分の言葉で話さなきゃね。
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