イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

それらは人生の一要素でしかない

ここに書いている文章もそうだけど、僕は仕事のことを考えすぎだなあ、と思っている。いや、正確に言えば「勤労」のことだろうか。そうだな、勤労のことを考えすぎて仕事のことがおろそかになっている、と言っていい。 ここに書くことだって、ちょっと勤労のことと近いことが多い。それはまぁ勤労上における問題意識が大きいことの証左だけれど、ちょっと息苦しいよな。それにぐるぐるしてしまうし。もっと冬の寒さや道の形とか、そういうのに触れていかないと。それが仕事に回ってくるんだからね。 つまりまぁ、生きるからには生態があり、生態系があるわけだ。オフィスにいて、あるいはパソコンをたたいて、っていうのは一面でしかない。冬の寒さが僕に作用しているはずだし、旅行先で見かけた看板が君に作用しているはずだ。そういうのが生態系として関わり合って、僕や君の日々が成り立っているのでしょう。 そこをちゃんと健全にするには、まぁまずは「勤労」ってやつが幅を利かせすぎている状況をなんとかしなきゃいけない。足閉じなさいよ、静かにしなさいよ、とね。勤労なんて人間が勝手に区分けしたことでしかない。生きることの中のほんの一要素出しかないのに、勤労こそが人生ってなってるのはヘンだよね。 それは「呼吸こそが人生」って言っているようなもんだ。呼吸は超大事だけれど、呼吸が人生じゃなく、人生の一要素に呼吸がある。 ちょっと前にあるゲームで見た、「人類は人間の集合体じゃない。人間の一要素が人類」という言葉が好きだ。そういう関係性だよな、人生と勤労は。まぁ恋愛とかもきっとそう。
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