イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

白い箱の世界

先日、友人と色々と話した、その話題の中に、「このインスタントな世界はいつまで続くのか」というものがあった。 僕はここでも何度も「世界はインスタントになっている」と言っている。ショート動画や短文コンテンツなどを次々と消費していき、時間はどんどん切り刻まれ、熟慮、熟成、佇思といったものがどんどん失われている、と。僕らは、ぼーっと座って空を見上げたりコーヒーの舌触り、喉触りを感じたりすることが豊かだと言いながら、社会はそんな方向に行く気配はない。 これの要因として、僕はグローバリズムとデジタル社会などをあげている。つまり、デジタル情報という、光の速度で節操なくインスタントに動き回る性質のものが、グローバリズム社会によって世界中を飛び回るような世界になっている。その中に僕らがいるから、インスタントな世界へと進むような力学が生まれているわけだ。 多分、この流れは止まらないだろう。LLM、AIの発展でより爆発的に進むだろう。そう遠くない未来に量子コンピュータの一般化、なんていうものも控えている。 ただ、一方で「人間」がそれに耐えられなくなって避難するような流れも生まれると思う。僕も含めて実際、避難して生きている人がいるわけで、大きなインスタントな流れに耐えられなくなった人が増えれば、避難民が個ではなくなってくるんじゃないかな。 こういった議論が友人とできるくらいには、現代の「白い箱」の世界から避難したい人というのはきっといっぱいいる。
前へ
一覧
後へ