イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

僕らは生きている

そもそも僕らは生きているのだから、「安定的に動く」といった前提はおかしいように思う。それでも社会の経済活動は僕らにそれを求める。社会が求めるということはつまり、僕らがそれを他者に求めている。 医療に関しては「土日には満足な医療が受けられない」という事態が21世紀に至ってまでまだ存在することにはちょっと残念だけれど、とはいえ、「人が休む」ということに対してあまり許容されていない社会というのはつらい。 家の近くにはよく行く定食屋さんがある。そこは一般的な営業日はあるものの、不定期に休んでいる。Webページなども持っていないから、店頭まで様子を見にいって「営業中」の赤いのぼりが立っているかを見る必要がある。「あれ、今日やってないじゃないの」みたいなこともそこそこあるんだけれど、それは素晴らしいことだと思う。 もちろん、体調管理も大事だ。スポーツ選手もミュージシャンも、ここぞというところのために体調を万全に整えておく必要はあるだろう。でも、それでも生きている以上、絶対に健康なんてありえない。 むしろ体調管理をするための時間さえ奪っていこうとするような、そんな気配さえある。8時間労働って時点でそうだ。ピラミッド作りのための8時間なら太陽も浴びて運動もできるから健康的だけど、座り続けてボタンを押し続けて8時間なんて現実的じゃないよ。
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