イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

曇りなき眼(まなこ)

今これを書き始めたのは日が変わる15分前だ。あと15分以内にこれを書き終えないといけないというプレッシャーと眠気との狭間に身を置いている。 今僕は東京に来ている。東京に来る日の朝は文章を書く時間もなく車を走らせていて、そのまま働き、そしてせっかく東京にいるのだからと、毎回飲みにいき、「いつ手紙を書こう」と思ってこの時間帯になる。 ビジネスホテルにはもう少し早めに着いたのだけれど、とにかくそこまで歩いた1時間ほどがとにかく暑くて、ベッドの上に倒れていた。東京は暑い。明らかに長野より暑い。気温もあるだろうけど、それ以上にうだるような「熱気」が夜になってもある。長野にいたら30度を越えていても涼しさを感じることがあるけど、東京にはない。 こういった細やかな環境の違いが、大きくは世界観の違いにまでなるんだろうな。飲みにいった場でもそんな話をした。「みんな山を見たほうがいいよ。人間のちっぽけさを感じたほうがいいよ。」人間だけの世界というのは、はたから見るといびつなものだ。 「空飛ぶトンビや道端にいるハトに”変なやつだなあ”とか思わないでしょう」みたいなことも言った。そういう姿勢でいるということが、曇りなき眼(まなこ)で見定めるということだろうと思う。 そんなことを思いながら、なかなか悪くない手紙になったんじゃないか、なんて考える。10分もかからず。自分も捨てたものではないのかもしれないと思う1日の終わり。
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