諦めるという決断
「諦める」っていう言葉に対して僕は前向きに捉えている。なんだか挫折感みたいなのが漂いがちだけれど、諦める、ってことは立派な決断だ。むしろ諦めないでズルズルやってる方が、「決断を先延ばしにしている」という意味であまりよろしくないように思う。
僕が「諦める」という言葉をよく使うのは、物事を諦めることは、そのままスピードに繋がるからだ。これはDr.Stoneという漫画の中に出てくる言葉を引用するけれど、「やるしかない以上、だって・リスキー・もしかしたら、は考えるだけ時間がもったいない。
これは自分の失態に気付いた時とかもそうで、「うわぁ、やらかしたなあ」って思った時にも、そりゃあ僕も人間だから「どうしよう〜」って頭を抱えるんだけれど、割りと真っ先に、その失態のことを諦めるようにしている。いつかは言い出してゴメンナサイしなきゃいけないのだから、「いやまぁ仕方ないわ」と諦めて、さっさと言い出す。そして挽回のために動き出す。これは「諦めが早い」からこそできる芸当だ。
ここの諦めが悪い人は、初動とかスピード感が悪くなってしまう。もっと良い方法がないか、とか、なかったことにできないか、を考えているうちに、どんどん遅きに失してしまう。僕は多分、その「遅きに失する」のほうが怖いから、どんどん諦めてしまう。
諦めないでがんばる、ってのが美徳に聞こえるのもあると思うけれど、人生、「やれること」よりも「やったほうがいいこと」のほうが絶対に多いので、色々と諦めていっても、「リソース100%がんばっている」という状態は実現できるだろうしね。諦めることがサボることにはなかなか繋がらないものさ。