イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

捉えられない輪郭と季節

今日の文章はとても難産だ。そこそこよく眠れたのに、朝のうちにも筆が進まず、一旦筆を置いて過ごし、そして夜の今にまた筆を執ったものの、書いては消してを繰り返し、気付けば30分が経とうとしている。 そろそろ寝なきゃなんて焦るほどに文章は出てこないわけで、諦めてこういうときの常套句、「筆が進まない」で書き始めている次第だ。いやはや、無念である。 書こうとしていた対象はいくらかある。それは他者との関係性について。そしてその流動性、現象について、何か輪郭が捉えられそうな何かがあって、でもどれも上手く捉えられず。書いては消している。消した文字数だけで一万文字は越えそうだ。 そう、関係性とは流動的なモノなのだ。たとえばたまに「イオリンさんは結婚しないんですか」とか「恋人つくらないんですか」と聞かれることがあるけれど、僕からするとちょっとズレていて。恋人だとか伴侶だとか、あるいは他人だとか友人だとか、それらは移り変わるものだ。季節だ。 冬はやってくるもので、求めるものではないでしょう、と。それに近い。そして僕はすべての関係性に対して同じ感覚でいる。縁とは、糸のように切れたり繋がったりするものでもない。流れている。誰かのことを愛したり、どうでもいいと思ったり、どちらも同居するものだ。 あぁ、この先。この先にさらに輪郭が潜んでいる。それをもっと、もっと良い感じの言葉にしていきたいけれど、今はできない。不徳を恥じる次第である。
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