イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

声に出して読む

文章力とひとえに書くが、その中にも様々なモノがある。一見、わかりやすく言い当てている気がするものの、「文章力」なんてモノは世の中には存在しないのだ。位置エネルギーみたいな、虚数みたいな、そういう「都合が良いから輪郭をつけただけ」の言葉なのだ。 そも、文章にもいろんなモノがある。流れるような論理体系の文章もあれば、論理はともかくとして音やリズムが鳴っている文章もある。平易な言葉のみで構成されている文章もあれば、複雑怪奇な単語によって構成される世界観が魅力的な文章もある。一概に「これは良い文章」とは区切れないものだ。 結局は、使うべき時に、使うべき言葉を連ねるということにほかならないわけだが、まぁこれが難解なわけだ。この感覚を養い、育てるために、僕らは必死に言葉と向き合い、文字を連ね続けている。 あるいは、言葉とはつまり世界の具象化、輪郭のフチ取りであるからして、世界と向き合うということと同義でもある。「文章力」と言うと筆と紙の上のハナシだと思い込みやすいが、その実、世界に対する見え方——解像度やレンズも同じくらい大事なのだ。 まぁ、とはいえ、「多くの場合は有用である文章術」もある。その一つが、「声に出して読む」ってやつだ。おおよそ文章に潜む違和感は、声に出して読めばすぐに気付くことができる。たとえ文章をあまり書いたり読んだりしてこなかった人間でも、声を出して発言することはしてきたはずだ。そこには無意識に積んできた長年の修練があり、センサーが磨かれている。なので、声に出して読んでみると「ん?ヘンやな」と気付きやすい。 とはいえ、「文章でしか出せない世界観」もあるので、そこまで踏み込むならば「声に出す」が使えない場面も出てくるわけだが・・・・.まぁ一般的には声に出してイイカンジか、だけでいいと思う。
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