イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

ゴースト

社会・組織とは言っても、結局は人である。そして人とは言っても,結局は現象である。そこに絶対性はないのだ。ただ、絶対性を求める人の習性があり、それらが相互作用しあうことによって組織という現象が生まれるのだ。 そうやって組織はようもわからんものになっていく。いや、ようもわからんものを「組織」と呼ぶことで、なんだかそれっぽくしているだけだ。結局はAさん、Bさん、Cさんと呼ばれる人間たちの集合体、その相互作用の連続でしかないのだ。その構成要素も、起きている相互作用も、なんと不確実で流動的なものだろう。Aさんの気分が悪いのは、低気圧のせいかもしれないし奥さんと喧嘩したからかもしれないし、僕が悪いことをしたかもしれない。そしてそれはきっと1秒後には別の理由になる。その程度のものなのだ。 さても、僕は長野で独り、リモートワーカーとして働いている。そうすると、そういった相互作用とはとりあえず距離が置ける。それは少なくとも僕にとっては良い距離感だ。きっと今日だけでいろんな人がいろんな人との相互作用を生んだであろうけれど。それを気にし出すと僕は圧倒されるし、気にしても仕方ないからだ。 たまに触れる現象の片鱗に対しても「なるほど今はそういう現象が起きるのか」というサンプルとして捉えるに留める。それはちょっと前に書いたことと同じだね。1時間で残りの23時間を知った気にならないように。そういうのを、遠く離れた場所にいれば物理的にぶった切れるからいい。 僕自身、デスノートのLのように、あるいはゴーストのようになりたいものだ。いや、実際はゴーストのようなモノなのだ。そういえば友人は僕をサイコパスだと呼ぶけれど、それも僕がゴーストだからだろう。
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