観測する
今月は東京に行く機会が多い。師走ということではないように思うのだけれど、ちょうど数日おきとかに東京に行く用事がある。どうせ当たらないだろうと思っていた企画に当たっちゃった、とかいうのも重なってね。
東京に行くたびに気をつけなきゃなと思うのは、東京のその「人」というファクターの強さだ。東京に行けば、とにもかくにも「人」というファクターとしょっちゅう突き当たることになる。長野とは違って、周りは「人」が作ったものばかりだし、どこにもかしこにも寿司詰めのように「人」で溢れている。そもそも僕が東京に行くのも「人」だ。
だからつい、人が世界のように思ってしまう。自分の幸せだったり楽しいだったり、あるいはその逆だったりが、まるで「人」にしかないように思う。あるいは、「お金がすべてだ」という人もいるけれど、お金だって人が作ったんだから、「人がすべて」と近いような感覚もある。
でも、僕はやっぱり、「人」も大事だけど、同じくらい、紅葉だとか、冠雪だとか、近所のトンビが最近でかくなっただとか、太陽が4時前には沈んでしまうことだとか、そういうファクターのほうをちゃんと捉えていたいわけで。でもそれが、やっぱり東京にいると薄れてしまう。
もちろん、その中で生きていける人はいいんだよ。人が大事にできる、って素晴らしいじゃない。人と向き合えることはもちろん素敵だよ。でも僕は、それが向いていないんだなあ。卑屈なわけじゃなく。疲れてしまうとか、やんなっちゃうとかになってしまうんだ。
だから、他の方々の素敵な人生を眺めながら「いかんいかん、そっちに揺れちゃいけないよ」と観測者としてを心がけようとしている。