有限でも無限でもないFeel
時間は有限である、というのは、なんだかこう、怖いな、と思う。大人になってからどうしても、人生が有限であることを突きつけられる。いや、実際には、なんか社会活動していると身体に染み渡っている。
有限ってのは、どうなんだかな。実際、僕らはいつか死ぬし、1日ってのはどうしようもなく終わるし、そういう意味では有限なのだけど。「有限」っていう言葉は、実際の有限さよりももっとギュッと、僕らを締めつけている気がするんだよなあ。
僕は35年以上生きているけれど、この35年って、むっちゃ長かったよ。健康で事故もなく生きていられるとすれば、これがまだ倍近く残ってるんだよ。すごいじゃない。
1年だってそうで、なんだかんだで1年はしっかり1年だったよ。長かった。春夏秋冬過ぎるのって結構長いし。今日も寒い朝を迎えたけれど、「まだまだあったかくはならないんだなあ」なんて思うじゃない。それはむしろ「無限」のほうが近いように思う。
あるいは、「有限」と「無限」っていう二項ではないんだな。でも「無限じゃないから有限です」っていう言葉の定義に翻弄されているだけで、実のところ「有限」っていう言葉の示す感じ(feel)と「無限」という言葉の示す感じは、どっちも極端でさ。その間の感じがあるのさ。
時間は有限でも無限でもない。あるいは有限と無限を行き来している。その行き来していること、その合間こそが時間ってやつなんだよなあ。それはほとんどがそうだね。