イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

それは「難しい」じゃない

僕のモットーというか、信条の一つに、「世の中には難しいことなんてない」というモノがある。信条というとなんだか大げさだけれど、少なくともみんなが口々に言うほど難しいことなんてなくって、そのほとんどは「自分たちで難しくしているだけ」だと思っている。 かくいう僕もたまに「それは難しいんだけどねえ」とつい口走ってしまって「おっと」と思ってしまうこともある。でもそれも、「本当はずっと簡単な道があるんだけれど、なんだかみんなそこを通りたがらないんだよなあ」とか、なんだかそういう気分になることが多くってね。本当は簡単なんだよ。僕らが、誰かが、難しくしているだけでね。 一方で、それこそ最近どハマりの松岡正剛さんとかに代表されるような、「難しいこと」を「難しい」ままにしておくことでしかたどり着けない場所も確かに在るなと思っていてね。在るモノをうまく人間が扱えるような形に区切るということ、その切り口の中には「難しい世界」というのは確かに在るように思う。 とはいえ、それらと僕らが相対することなんて、ほとんどないんだと思うのさ。難しいこと・・・正確に言えば「難解である」ということは、僕らがそんな簡単に訪れるような世界じゃない。 僕らが普段相対する中で「難しい」なんてのは、そんなものは難しくともなんともなくて、どちらかというとスジが通ってない。論理が通ってない。つまり破綻している、ってことがほとんどだと思うよ。
前へ
一覧
後へ