イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

東京の遠さ

今年初めての東京遠征。個人的に「遠征」という単語それ自体は好きなものの、なんとなくいわゆるオタクの推し旅行みたいな文脈があって本来の意味合いで使えなくなったなあ、なんて悲しくなるような、そんな言葉が「遠征」だ。 さても東京に来ると、まぁ毎度のことながらそこにいる人と、その人と人とが織りなす模様には驚くばかりだ。それはまぁきっと多くの人にとっては当たり前すぎることなんだろうけど、こと人と全く関わり合いにならない僕からすると驚嘆するばかりだ。みんなこんなにも会話してるんだ、なんて思う。僕の普段の生活における発言は、その9割以上が「独り言」だからね。 それこそ東京で人と会うと「イオリンさんは独特の雰囲気がある」だなんてよく言われるのだけれど、きっと住んでいる世界が違うのだろうなあ、とは思う。そもそも同じ世界に住んでいる人なんているのだろうか。みんな、たまに存在を感じるだけで各々が各々、独りの世界を生きているように感じるのだけれど、まぁ僕はきっと遠いんだろう。物理的にも世界観的にも。 そういうことを感じるたびに興味深いなあと思う。僕が東京に住んでいる頃はまだ近かっただろう。あの頃の僕は、それこそ自然はどこか遠く「訪れる場所」だったけれど、今はすっかり「帰る場所」だからね。東京にいる方が「自然が欲しい」とか「癒やしが欲しい」というのを、興味深く見つめている。
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