イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

「遊び」が趣味

長らく「趣味」というラベルを貼るべきモノには悩んできた。僕には趣味と呼べるモノが本当に多様にある。一時期は「朗読」と思っていたし、それもたしかに趣味なのだけれど、どうにも奇を衒ったフシがあって、表に言いづらい。 多分、僕は「遊ぶ」のが趣味なのだ。朗読も読書も旅行も映画も音楽も踊りもゲームもテレビもバスケも、すべては「遊ぶ(ルーデンス)」なのだ。なんだったら仕事だって遊びだ。 遊びの定義は難しいものだ。よく言われるのは「生のイメージの模倣」だけれど、まぁかたっ苦しいハナシは置いておこう。僕がここでいう遊びは、童たちがやるようなそんな遊びだ。泥んこ遊びも、おままごとも、遊びだけれど真剣そのもので、おもしろいものでしょう。そういう遊びを僕は今でも好む。朗読も「声で遊ぶ」だ。 わかりやすい対比として、「消費」は僕の趣味じゃない。だから食べ歩きとか、買い歩きとかは全くやらない。服はよく買うけれども、それもどこかコスプレ的遊びや、祈祷的遊びだ。みんなで「消費」を行う飲み会やパーティっていうのも、僕はほとんど企画しない。もちろん楽しいモンだけれどね。趣味かどうか、といえば違うな、と。 そーいう意味では「誰かとやる」ということを主体においた「クラブ性」も僕の趣味ではないね。遊びとしては好きなんだけれど(そまだちゃんと行ったことがないクラブそれ自体は遊んでみたい)、たとえば誰かと一緒にランニングするだとか、バンドをやるだとか、そういう遊びは僕の趣味じゃない。 まぁこの定義も「遊び」っていう言葉が共通な相手にしか伝わらないから、表で「趣味は遊びです!」とは言えない。まだまだ僕の「趣味は?」の回答探しはつづく。
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