イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

勧酒

「いつかさらばさ」「さよならだけが人生だ」こういった詩たちが僕は好きだし、その通りだなあと思うからこそ、誰かとの別離に対して実のところ、思うことはあまりない。これまでたくさんの出逢いと同じだけ、たくさんの別れがあって、その上に僕は今、ここに1人で生きているわけだから。寂しさはあっても、それ自体に悲しさはなく、歓びに近い何かさえもあるくらいだ。人生だから。 一方で、その別れによって生まれなくなった未来。あるいは、その別れの原因となってしまった何か。そっちのほうに思いを馳せると、なるほど、悲しみ、傷みが、ないわけではない。とはいえ、時間軸において「今」ではないから、今に劣るのだけれど。ないわけではない。 今回の別れもそうだ。一生の別れでもあるまいし、インターネット、SNSでいつでも会えるのだから、別れでさえない。関係性の形が少し変わるだけなのだから。 でも、同じときに何かに気付いて、手を取って、声をあげたり、朝まで話したり、時には少々のぶつかりもあったり、それでも、力いっぱい走って、力及ばず、その上での別れ。 特に、「それ」に気付いていた最後の1人がいなくなったということには、特大の悲しみを注いで乾杯をしよう。
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