イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

豊饒の前の冬

いつだろう。5年ほど前な気もするけれど、もっと前からいるような気がする。まぁ結構長い付き合いになる植木鉢がある。 友人がウチに来て、「イオリンの家には緑がない」と気付いて送ってくれたものだ。多分、一つ前の東京の家だと思うのだけれど、そんな最近だったかなあ、なんて思ってる。 まぁ、おおよそ5年ほどの付き合いのガジュマルだ。僕にしては長い付き合いができている。 そんな彼も、ここ最近は冬になるととても元気をなくす。葉を全部散らして随分とすっきりとする。僕は冬でも暖房をつけないから、つらい思いをさせてしまっている。それでも、春になって暖かくなると、また元気に葉を伸ばしてくれる。 それにしたって毎年不安にはなるし、今年は厳しいかなあ、とドキドキする。それが冬だ。僕の家には他にもいくらか植物がいて、彼らは毎年、冬になると厳しい季節を耐え抜くことになる。その時期にはむしろ水もそんなにあげちゃいけなくて、見守るしかできない。 それを過ぎ去ればまた豊饒の時がきて、青々とした葉を揺らしてくれるのだろうけれども。そしてそれを耐え切れず朽ちるのもまた、自然なのだろうけれどもね。冬が来れば春が来るよ、ってのは、「冬が耐え切れればね」という冷徹な前提がある。それを僕らは繰り返している。
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