イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

厚意と鹿せんべい

いつからか、「人の厚意は受けるのが礼儀」という考え方が僕にはある。多分きっかけは高校の頃に読んだマンガで、そういうやり取りがあって「粋だね」と思ったからだ。 たとえば「ココはお金出しますよ」と言っていただいたなら、1回は「いやいや!」と遠慮はするけれど、それでも「受け取ってくれ」と言うならば、そこには「ありがとう」を返しつつ御恩を感じるほうがスッキリするなあ、と。これまでの記憶を振り返ってもそうだ。 もちろん、それが当たり前になってはいけなくて、厚意は厚意だから、それありきで考えちゃあいけない。だからこそ、「御恩」もしっかり受け取らないといけないし、それは何かしがの形でお返ししなきゃな、という気持ちは常に持っておくべき。こんなこと書くまでもないことだけどな。 そもそも、誰かに厚意をおすそ分けするのって、それ自体がうれしいことだからね。その矢印はまぁ、無下にしないほうがいいよね。もちろん、やり過ぎると「ありがた迷惑」ってのもあるし、これは僕の流儀でしかないのだけれどね。細かいとこはもちろんバランス。 スッと流れる厚意は、スッと受け取る。それはもう、奈良公園の鹿くらいでいい。「鹿せんべい買ったってこたぁ、厚意をおれたちに示したいんだろう。ほら」くらいで。いやぁコレが許されるのは鹿くらいなもんだね。
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