イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

それはそれとして

20代でついた差は30代では取り返せないという。それはその通りだと思う。20代のありあまる体力によって積み重ねたモノは、30代で積むのは難しい。単純に体力の問題もあるし、守るモノも増えてしまえば、なりふり構わず突っ走ることはできない。だから、20代でついた差は30代以降で取り返すことはできない。 でも、一方で人の能力ってのは一直線上じゃない。20代に何かしがへ向かって突っ走った人は、その方向へは他の追随を許さないでしょうが、別の方向に対してはむしろ遅れを取っているもんだし。「20代にサボっちゃったからなあ」って言っている人も、その途上で何かしがは積んでいるもんさ。 現代は何かと「稼ぎ」に着目するけれど、僕や君が積み重ねてきたモノは「稼ぎ」に直結するものでなくとも、何かしらはあるはずで。それが社会的に着目されないモノでも、僕や君自身にとって意味のあるモノならば、それは僕らなりの積み重ねでしょう。 これは、20代でついてしまった差を見て見ぬフリするなというわけじゃあなくって。それはそれとして、というハナシ。あるところで誰かに差をつけられていても、別のところではむしろその誰かよりも抜きんでている部分はあるさ。 それに30代から、あるいはもっと後から始めていないと積み重ならないことだってある。「おじいちゃんがギターを始めた動画」とかが面白い、なんてこともあるわけだし。僕はもっと早くにギターを始めていたらなあと思うことはあるけれど、一方で大人になって始めたからこその体験や味わいがあるなあと思ってギターをつま弾く日もあるよ。 それに、僕らにとって大事なモノなら、それを味わいたいと思う人は必ずいて、それは回り回って「稼ぎ」になりうるはずさ。
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