イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

ちょっとした休暇

会社からお休みをいただいて、ちょっぴり長めの休暇に入っておおよそ1週間が経った。実のところ体力をしっかり回復させるに努めてそれは実っているものの、仕事から離れる、という意味合いにおいては実に中途半端というか、思考のおおよそは仕事にあるままだ。 ここは僕の場だし、とても正直に書かせてもらうのだけれど、この期間において物事が好転するということは実のところあまり期待していない。それでも休んでみること自体には価値があるように思えたし、僕にとっても悪くはないから休む、という提案を受け入れた形だけれど。 ちょっと前に、似たような長期休暇・・・いわゆるサバティカル休暇に関する文章を読んだ。37signalsさんのプロダクトデザイナーさんが新商品開発などで数年間走ってきたので6週間のお休みに入った、というハナシだ。この文章は、「休暇」の大切を真摯に、時にユーモラスに訴えていて良い文章だったし、同意する。こういう休暇が、仕事に好影響を与えるものだ。 が、僕のお休みはそうじゃない。残念ながら、そういうポジティブな意味合いや、あるいは「燃えつき症候群」みたいなラベリングができる代物じゃない。これまでいくらか書いてきたように、「僕らはきっと別々の道を歩もうとしている」ということが根幹にあるのだ。それが解消されない限り、いくら休暇しようとも、物事が好転することはない。 もちろん、僕の方でも今からできる何かは探ってみなきゃいけない。それは「仕事からちょっと離れてみる」といったこととは、全く趣が異なるものだ。だからこそ、いわゆる仕事から離れられているわけではない。ちょっとはゆっくりしてはいるのだけれど、仕事から離れても先延ばしにするだけだなぁ、という感覚がある。 まぁあと2週間ほど。どうなるかは、これからだな。とりあえず体力は回復したように思うから。
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