リテラシーとは「読み書き」のこと
情報リテラシー、という単語はよく耳にする単語だ。リテラシーが問われている、といったような使い方がされることもある。でも、じゃあ実際「リテラシー」とは何か、という部分については、なかなかにおざなりにされているように思う。
リテラシーとは直訳すれば識字能力だ。それが転じて「能力」という風に一般化されることもあるけれど、要するに「読み書き」のことだ。
日本は昔から異常に識字率が高いので、「読み書き」というのが粒立てられることが少ない。そのためにリテラシーという言葉が「基礎能力」みたいな意味合いで捉えられたのかな、と思う。黒船時期に日本を訪れた西洋人が「日本は低い身分の女性までが日記とか書いてる」ということにたいそう驚いたそうだし。
このことが反して「情報リテラシー」という単語をなんだか「情報を扱うための基礎能力」という、なんとも曖昧なモノにしてしまったのだと思う。でも、情報リテラシーとは「情報の読み書き」のことだ。情報リテラシーが低いということは、情報を読むこと、書くことが下手である、ということだ。
古今より「情報が大事だ」と言われてきた。近代における戦争とは情報戦である、と言われているが、「汝を知り、己を知れば百戦危うからず」というのは孫子が2500年前にすでに言われていたわけだ。でも、今でもそれが言われ続けているのは、「情報の読み書きは結構むずかしい」ということなのだろうと思う。
ただ一方で「情報の読み書き」というのは、ちゃんと修学すれば学べるものだとも思う。そのためには「自分たちはそれができないんだ」と知ることが第一歩だけど、下手に識字率が高いために、「情報の読み書きなんて誰でもできるものだ」という勘違いがあるように思う。