イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

同化ではなくて

休暇中には立て続けに文化に関する本を読んでいる。異文化理解の本と、日本文化に関する本を読み終えたところだ。その前に読んだ「集団浅慮」の本も言うなれば文化の本と言ってもいいかもしれない。 僕はよく「世界観が違う」という言い方をする。たとえば僕の生活と東京の暮らしとの間では絶対的な世界観の違いがあるし、友人との間でも感じる。わかりやすいところで行くと、男女の情みたいなものは僕の世界観にはないので、世間や友人らを見て「そんなにも男女で一緒になるものなのか」と驚くばかりだ。 そういったところをもう少しひも解きたくて、文化の本を読んでいるのだけれど、読み進めていくとなるほど、そりゃあ同じヒトであっても世界観は違うものだなと納得する。 平等という言葉が独り歩きし、差別反対というのが謳われる昨今。そりゃあ差別なんて反対だけれど、だからといって隔絶された島国の歴史を持つ日本と、大陸で数千年の歴史を持つ国、あるいは数百年前にできたばかりの移民の国。文化は違ってあたりまえだ。 攘夷というわけではなく、西洋列強を学ぶ。その上で「違うところは違うわいな」と受け止めて、歩み寄る。それが異文化理解であり、世界観が違う人たちが交流するための作法だよな。相手に同化する必要も、自分たちに同化させる必要もない。 それは国だけじゃなくて、個人間でさえそうだよな。
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