イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

半端ない世界

朝から電車に揺られている。古い友人に会うためだ。「古い友人」という言葉を使いたかったから今そう書いているのだけれど、古いってのはどのくらいなんだろう。インターネットのおかげで友人のことを感じる機会が多いから、古い友人、という気はしない。数年あっていなくても、SNSでは昨日見た。 電車もインターネットもすごいものだなあと思う。座っているだけで何十キロメートルも離れた遠くに運んでくれる。そのくせ料金はカフェの軽食くらいでしかない。お手洗いもついている。都会で暮らしていると忘れそうになるけれど、移動電車は多くの人にとって毎日使うものでもないのに。 そういったものも、ちゃんとありがたがる、ってのは良いものだよね。文句をぷーたら垂れるのもいいのだけれど、基本は「すごいなあ」「ありがたいなあ」がある。僕はヒトがそこまで好きじゃないけれど、誰かが築き上げた文化、その先の恩恵や歴史は尊重する。歩いている地面だって、誰かが敷いてるんだぜ。しかもそれは古代ローマの頃にはすでにやっている。 ゲームなんかやってるとわかりやすいのだけれどね。すべて誰かが作っている。誰かが数式を作らないと、リンゴも木から落ちないし、主人公が道を歩く、壁にぶつかる、敵に接触する。すべて作らないといけない。でも、現実もそのほとんどがそうだよな。コンクリートも木々も太陽も銀河も、何かが巡ってそうなっているんだぞ。 半端ないねえ。
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