離れたどこかにピンを差す
今日でおおよそ3週間におよぶ休暇が終わる。この次がどうなるかは今もって予測できないし予測することにあまり意味はないかなと思って放置している。明日は明日の風が吹く。「こうじゃないか」と誰かが解釈しようとしているのだけれど、それも含めて「そのまま」にしている。
さてもこの3週間は、いわゆる現代社会的な、グローバリズムや資本主義から離れられたという点では、とても良い期間だった。欲を言えば1年くらい続けたいなと思うくらいには、良い期間だった。文明、文学というものを、市場原理みたいなものから完全に切り離した状態で潜れたし、それが自分の生態にとても馴染むのを強く感じた。
そして、その先にしかない世界があって、そこでしか創れないもの、編めないものがあって。そういうところに行きたいなあと強く思う。インスタントな物質主義ではなく、スピリチュアルでもない。そういったラベル・レッテルをはがして、AとBを行ったり来たりしたり、どちらでもないところにピンを刺したりしたい。
まぁ難しく言葉を編んだけれど、たとえば「人並みの幸せ」だとか「イイカンジ」だとか、そういうのをないがしろにしたくはない。ただ僕自身それが何かを突き詰めるには、時にネズミと都市の生態系を考えたり、シャーマンと狩猟の関係性に思い耽ってみたり、そういったことが必要になるだろう、と思っている。少なくともアルファベット3文字で意味付けされた数字は、それが現代社会において肝要だとしても、僕の中では肝要にはしたくない。
この「したくない」とか「したい」とか、そういう部分。それはインスタントな欲求ではなくってね。午後の陽射しを浴びながらコーヒーを飲んで、「組織とか人間関係には壁なんかなくて、膜、あるいはカーテンだよね」みたいなことを語りたい。それを「御託」と言っちゃうような世界は、やっぱ僕の生活圏ではない。もちろん、誰かにとっての大事な生活圏だからぶち壊すつもりもないけども。