6日後の僕が想う
後でふと見返したら、2026年3月3日分が全くなくて「あれ?」って思いながら今これを書いている。なんとも僕は確固たる習慣をつけるのが苦手なんだなと思う。
おおよそ書くのがすっぽ抜ける時というのは、「別の事を書いている」「旅先などで習慣が完全に崩れる」のどちらかだ。この日はきっとまあ前者だろうな。さすがに表に出せないような原稿ができあがったり、全く趣旨の違う書き物をしていたり、だろう。
僕は毎日、文章を書いている。そしてほとんど毎日、誰からも見える場所に置いている。宣伝とかはしていないから、たまに友人間で話題にあがることがあるくらいで、大勢の目に映るわけではないにしろ、「読もうと思えばいくらでも読める」という場においている。リンクされているSNSもあるし、僕の名前をググると簡単にたどり着ける。
時折、その事実に我ながらびっくりしたり、ちょっぴり怖くなったりすることもあるのだけれど、でも隠すことでもないし、似たような事を著名な方々もやっているわけだし、ここに書いたことで誤解があるとしても、ま、何も言わなくても誤解される時はされるもんだしな、と開き直っている。
もう一つ、コレは度々話題にあげるけれど、やっぱり僕には自己同一性、アイデンティティというものが希薄なのもあるだろうな。つまり、「イオリン」という名前も、僕も本名も、ただの現象名くらいにしか思っていない。「イオリンってこうだよね」って言われたときに「そんな人がいるんだねえ」っていう風に受け取っているわけだ。
そういう意味では誤解ですらない。別人の話をされている感覚なんだな。一方で、不用意に誰かを傷つけたり落ち込ませたりはしたくないから、僕が「これ表に出すべきじゃないな」っていうのは、そういう時くらいだね。