イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

本との会話

積読という単語がある。購入したまま読まずに積んでいる本、という意味だ。おおよそ読書が思うように進んでいない、という問題意識の文脈で使われることの多い単語だけれど、最近僕は「本は積むだけでもいいよな」と思い始めていて、紙の書籍を買っては机の上に積んだり本棚に飾ったりしている。 インテリアというわけではないのだけれど、本は「読む」だけじゃない。置いているだけで空間に影響を与えるし、語りかけてくるものだ。たとえば僕は最近、「近代作家書簡文鑑賞辞典」というものを買って、とりあえず置いている。書簡に関する本なだけあって、手紙のように語りかけてくる。 さらに本と本が語り掛け合っていたり、「こっちの本と一緒にいたいな」というふうに問いかけてきたりする。新しい本がやってきて、「さて、こいつはどこにしまおうか」と考えているとき、僕らは不意に何かを感じ取って、それっぽいところに本をしまうでしょう。それは本たちとインタラクトしながらしまっているわけで、本たちとの会話だ。 これはレコードとかゲームのパッケージとかも同様だし、ノートとか、ペンとか、色んなモノがそうだ。積まれるだけでも十分に影響を与えてくる。展示、デコレートしなくてもそのはずで。キレイに陳列されている本棚もいいけど、無骨な図書館も同じくらい、雄弁でしょうし、美術館の倉庫は、場所によっては展示会そのものよりもにぎやかな空間じゃないかな。 断捨離とかミニマリストとかもモチロンいいんだけれど、僕はそうなれそうにない。今書いたような対話が好きなんだよ、僕は。きっとだから、孤独も感じないのかもね。
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