イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

目立たずにぶっちぎるには

自分がなぜこの自分になったのかなんて、考えたところで分かりはしない。そもそも「自分」というものさえもあやふやなものだし。ただ、この肉体、アバターには、できることやできないこと、得意なこととそうでないことがあるのは確かだ。 そして、この僕のアバターの特性がどうやら奇妙らしいこともうっすら自覚している。うっすら、というのは、他者との比較というあやふやな基準でしか知覚できないからだけれど、僕が苦手なことを他のみんなが息を吸うようにしていたり、僕が息を吸うようにやっていることを周りで実現できる人がいなかったり。 まあそのこと自体はさすがに慣れてはいるものの、このことによる課題はある。それがおおよそ、「僕に適した仕組みは汎用性がなくなる」であり、言い換えれば「僕がいなくても動く仕組みは、僕にとってすごくやりづらい仕組みになる」だ。 得意なことと苦手なことを把握し、得意なことを多く発現させ、苦手なことを抑制するようにするのが経営の肝要らしいが。それを突き詰めると、僕がいないと立ち行かなくなる。それが今の悩みだ。僕は自分の存在感をなくしたいのだけれど、突き詰めようとすればするほど、僕というピースを外せなくなってくる。 ここの一つの答えは、「突出する」なのだけれど、そうなると僕の存在感を消すことができない。油断すると出世してしまうが、僕は出世したくない。だから、「目立たずにブッチぎる」というのを探し続けている。 とはいえ「育成」も「仕組みづくり」もいまのところうまく言っていない。どうしたものかな。
前へ
一覧
後へ