イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

協調性がなくとも誠意はある

Thisコミュニケーションというマンガを読んだ。エイリアンに襲われて終末目前の日本を舞台に、若干のSFを含みながら生き抜く物語だ。この物語はなんといっても主人公の、「倫理よりも合理を選ぶ生態」にある。それは悪意ですらなく、たとえばフリーレンの世界で魔物が「人間を喰う生き物」として描かれているような、「ただ、そういう人」でしかない。 僕はその主人公を見て、まぁ僕はあんなに極端ではないにしろ、少しわかるところがあると感じた。僕も多少なりとも倫理観はあるけれど、つまるところ「自分のための合理」で動くところは重なっている。 たとえば僕が誰かの悩みを解決するのも、別に寄り添っていたり思いやりを持っていたりするわけじゃない。僕が「座りが悪いねえ」と思っていることが、たまたま誰かの悩みと重なっていただけでしかない。津波が来そうな山でみんなに「逃げろ」と呼びかけるのは、目の前で大勢の人が津波に呑まれるのを眺めるのは僕にとって夢見に悪いからだ。 だから僕は「全部自分のため」と言う。そして「喜んでくれるけど無駄な道」と「喜んでくれないけれど良い道」があれば、僕は後者を選ぶ人間だ。だからまあ、たまたま喜んでくれる人がいれば感謝されるし、そうじゃなければ疎まれる。でもそれは副作用でしかない。 ただ、それは誠意がないわけでもない。僕にとっては、「自分にウソをつかない」が誠意の第一歩だし、別に進んで疎まれるようなことをしたいわけでもない。ただ、理由がなんであれ、誠意を持っているつもりではある。語弊を恐れず言えば、誠意を持って縁を切ることもあるし、そこに悪意はない。 と、まあそんな風なことをふと思わせてくれるけれど、それ以上にそもそも漫画構造として面白かったので「Thisコミュニケーション」おすすめです。有名らしいけど全然知らなかった。
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