世界観空想游
僕は昔から空想、妄想が好きだ。子どもの頃からマンガやゲームに触れてきて、そこで物語に触れるなかで、自分でも物語を空想するようになった。そんな子どもはまあ、少なくないんじゃないかな、と思う。それの延長戦が中二病とかって言葉だろうしね。
ただ、大抵はきっと1人でそういうのを形づくると思うんだけれど、僕は1年間くらい、友人と一緒にその空想遊びをやっていた。そいつとは学級が同じで家も近くだったから、毎日一緒に下校していた。2人ともカービィが好きで、気付いたら自分たちでカービィの冒険譚を勝手に作っては喋っていた。
不思議なことに、この遊びは「歩きながら喋る」だけで完結していた。2人が頭に描く絵面は違いそうなものだが、全くケンカもせずに「次はこうなって〜」「この洞窟にはコイツがいて〜」みたいな物語を喋り続けていた。大人になってもたまに思い返しては「なんでアレが成立していたんだ?」と不思議に思う。
僕は今でもたまに、そういう空想遊びをする。SFでも魔法でも、その時の気分で思いついて、今では歴史や文化などから考え始める。そういうことを考えながら散歩するのは好きだ。
最近、何かしがの研究で「ワールドビルディング」などと呼ばれていて、こういう空想遊びが創造性と視野の広さに繋がることが示唆されていたけれど、僕の特異性はここから来ている気もする。仕事でも「この人がこう動くってことは」と世界観から考えるもの。