気分屋ゴースト
僕は気分が良く変わる。そしてその気分によって浸るコンテンツも変わる。数式や論理にのめりこむこともあれば、詩情や物語にひたる日もある。音楽もジャズでもロックでもショパンでも、なんでも楽しむ。ただ、『ソレ』に対して気分が向いていれば、だけれど。
気分が向いているかどうか、ってやつは僕にとってすごく大事だ。読んでいない本が家に大量にあるが、「気分が向いていないのに読んでも仕方がない」と思ってそのままにしているし、ゲームだってそうだ。いつか気分が向くだろうと思っていて、その時にやったほうが絶対に良い。
そんなもんだから、モノは多いほうだ。「読書は読む前から始まっている」と誰かが言っていた。読み始める前には「読んでみよう」と思う瞬間があり、その瞬間がなければ読書はないのだから、読む前だって読書の一部だ、と。とてもよくわかる。そもそも思いつかなきゃ読まないのだから、思いつくために机の上に本を置く。それさえも読書だ。
それは音楽も映画も旅行もそうで、フラッとさまよいながら「何が思いつくかな」だなんてたゆたっている間も、音楽であり映画であり旅行なのだ。だから目的ありき、ってのはあんまり好きじゃない。目的は義務と混同しやすい。行きたい旅行が行かなきゃいけない旅行になるだなんて珍しくない。観とかなきゃ、なんて思って観る映画ほどもったいないものはない。
すべてにおいて「気が向いたら」でありたい。