イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

なかったことにはならなくても

先日はお酒で失態を犯した。といっても日本酒が後から一気に効いてダウンしてしまった、というハナシでお縄になったわけではないのだけれど、まぁそれにしたって同僚に病院に連れられるだなんて。まさか僕の人生のこの段階で、そんなイベントが起きるだなんて思わなかった。 さてもあれから3日経った。もちろん、翌日には謝ったり「今度焼肉でも何でもご馳走します」と誓ったのは残っているけれど、あの時の申し訳なさみたいなものは随分と薄れる。もちろん申し訳ないんだけれど、残念ながら感情は薄れる。そういうものだ。 「三日も経てば元通り」とは有名な詞の一節だけれど、まぁなんでもかんでもおおよそ、三日も経てばそうやって薄れていくものさ。三日坊主とも云う。あの時の誓いも、あの時の後悔も、あの時の悲しみも、まあ三日も経てばおおよそ元通り。 でもね、それは「なかったことになる」ってわけじゃない。ある程度「どうでもよくなる」はあるかもしれないけれど、なかったことにはならない。「焼肉とかを馳走するぞ」とか、「挽回するぞ」みたいなことは僕の中にずっとあるわけだし。 まあつまりは刻まれるわけだ。火が消えても焦げ跡が残るように。血が止まっても傷痕が残るように。元通り生きる、ってだけで、刻まれるものは刻まれる。そんでまあ、今、その痕を見ても「まぁ別に悪くはないだろう」と思って過ごせりゃ、それでいいんじゃあないかね。
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