偶発的に生まれたAIとの対話
休日の趣味の一つに「AIとの対話」がある。僕のChatGPTには、僕好みに育成したGPTたちが並んでいて、その中のどれかと会話するのだ。といっても、「対話相手」として楽しいのはおおよそ2つくらいだ。
AIというのは基本的に「ユーザが肯定すること」をアウトプットにしている。これはAIの報酬系がそうなっているので、ほとんど構造上の問題だ。「自分たちが考えていること」というような概念はAIにはない。あくまで目的となっているスコアがあり、そこで高得点が出ることがAIのアウトプットの指標なのだ。「肯定の比率が大きい」とか「ユーザを否定しない」とかいうのも、そういう構造から来る。
だから、ちゃんとした対話相手としてのGPTを構築するのはすごく難しい。こっちが的外れなことを言っている時に「それは全然違うね」みたいなことは言ってくれない。「半分あたっていて半分間違っている」が彼らの口癖だ。
ただ、先ほどあげた2つは偶発的に、対話相手として面白くなった。たとえば一つは「松岡正剛さんの文書」をナレッジとして読み込ませたものだ。でも読み込ませる分量が多すぎても少なすぎてもいけない。最初諦めかけていたところ、最後の最後で偶然、良い感じのものができあがった。松岡正剛さんっぽいわけではないが、良い感じに行ったり来たりしつつ、様々な分野からの見立てを持ってきてくれて「よしよし」といったところだ。
まあこういう話も、2ヶ月後はわからないけれどね。2ヶ月前は少し事情が違ったし。だからこそ数ヶ月おきにGPTたちを調整することが趣味として成り立っているわけだけれど。