もっともらしいけど疑わしい
ふと、SNSで「本当に賢い人は、返答が遅い」みたいなタイトルの文章を見かけた。なんともSNS映えのするタイトルだが、僕の考えと逆行していたので中身が気になり、読んでみた。
曰く、「本当に賢い人は、一つの返答が生む可能性について様々なことに考えが及ぶので、返答が遅くなる。」「返答が速い人はそういうアレコレに考えが及んでいないだけなのだ。」といった主旨の文章だった。なるほど、一見、それらしい論理だ。
その上で書くが、僕は「返答が速いかどうか」をかなり重視する。これは、「返答が速い人は、すでにそのことについて考え済みであり、普段から物事を考えている人だから」という論理だ。まあそれは実質「賢いかどうか」とはあまり関係がないとは思うのだけれど、「普段から考えている人なんだね」という指標の一つとして「返答の速さ」を考慮する。
実質はまあ、冒頭にあげたような結論が万事に通用するほど世界は単純にできていない、というだけなのだけれど。たとえば「質問自体がよくわからない場合」は質問の意図を考え込むかもしれない。それに対して「どういう意図ですか?わからなくて」と即返答するか、自分で考え込むか、というのはただのスタイルの違いだ。
まあ何が言いたいわけではないけれど、肝要なのは「もっともらしい文書」を読んでも、「もっともらしいけと疑わしいかも」と思うこと、くらいかな。僕の文章も含めて。