イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

「場」ではなくなったインターネット

インターネットが「場」ではなくなったのはいつくらいなんだろう。 懐古主義みたいな発言で申し訳ないが、20年ほど前、インターネットは広大な「海」というイメージがあった。それはひとえに通信帯域の問題で「なかなかページが読み込めない」ということが、捉えきれない広大さを感じさせていたのだと思う。 それは10〜15年ほど前には「広場」になった。ニコニコ動画やmixiやアメーバピグみたいなSNSの走りが生まれてきたり、Wiiなどや3DSなどで大勢がインターネット上で集まることができるようになったり。インターネットという広場にみんなで寄りあって、そこで何かしがを楽しんでいた。 それがおそらくはスマホとかパーソナルコンピュータの台頭によって、「場」ではなく「個」と繋がるようになっていった。グローバリズムが進んだ一方で、世界は細分化、毛細化していった。SNSでバズったところで、それは「場が盛り上がっている」のではなく「個が注目されている」というだけだ。 多分、それを覆すのは、ゲームなんじゃないかな、と思っている。実際、MMORPGであるFF14は、「場」があるのだと思う。それは多分、ゲームという土台の上で、場の重みを作れているからだろうな。「広場」「路地」「宿屋」といった場所へは、走って行かないといけない。「フォロー」とかそういうワンボタンで可能なようにはできていない。 そうだね、場所には多分、「不便さ」と「相互性」がいる。「フォロー/フォロワー」や「友だちに追加」は相互性じゃないからね。
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