イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

頼もしい

少し前に僕は、会社の同僚兼友人に連れられて病院に行った。人生で初めて、お酒の席でダウンして動けなくなった。これまで酷い飲み会は幾度かあったが、今回のように命の危険を感じたのは初めてだ。「空きっ腹に日本酒はダメ」と、当たり前のことを体感した。 病院に連れられて待合室で待っている間も僕はひどい有様だったのだが、「財布出せるか」とか「ここで横んなっときな」とか気を遣っていただくことにありがたさと申し訳なさを感じつつ、同時に「頼もしさ」を感じたものだ。 これはこの方々が素晴らしい方であったことはもちろんだが、きっと多くの人たちが持っている「頼もしさ」なんじゃないかな。一方で、多くの人たちが遠慮や警戒をしてしまってお預かりになれない頼もしさでもあると思う。僕も、有無を言えない体調だったからお預かりになったが、そうでなければ「いえいえ申し訳ない!」と遠慮していただろう。 8年ほど前にシェアハウスに住んでいた頃、同居していた人の帰りが遅かった日があって。何があったか聞いてみると、「駅でダウンしていた人がいたから水を買って介抱していた」とのことだった。彼は特段、他意はなく心配になったから介抱していたとのことだったが、お相手さんからしたらとても「頼もしかった」んじゃないかな。 一方で、そうやって倒れた人たちに悪さをする人もいるわけで、おおよそ都会において「見知らぬ人からの親切」は受けられなくなったものだが。群衆とか、他者とかに対しては「警戒心」よりも「頼もしさ」を感じたいものだね。
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