イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

ゲームはすごい

先日、友人宅でNintendo Switch2で遊べるスーパーファミコンのゲームをやった。「ドンキーコング2」に「F-ZERO」。どちらも名作ゲームとして名高い傑作だ。今遊んでみると、やっぱり面白い。 こういうゲームたちをやってみると、少々身が引き締まる思いだ。ドンキーコング2なんて、それぞれのステージにコンセプトがしっかりあるし、ステージ専用ギミックの目白押しだ。「ここでしか使われないシステム」が各ステージごとに存在する。そしてそれらが破綻せずに成立している。そして「後半になるにつれて難しくなっていく」というレベルデザインも破綻がない。 容量にして2MBほどしかないこのゲームソフトにおいてこれほどに完成された商品を見せつけられると、否応にも身が引き締まる。これほどの仕事を自分はやっているのか、と。 僕は30代後半に至ってもなおゲームを遊び続けるのは、ビデオゲームという製品の完成度が群を抜いていると今でも思えるからだ。少なくとも「自分たちが相互作用できるコンピュータ製品」としてビデオゲームは段違いだ。 最近はなんだか名作ゲームにさえ炎上騒ぎが起こるような時代性になってしまったけれど、ベース部分はどのゲームも凄まじいクオリティを誇っているよ。まあゲームに限らないけれど、そういうのはただ駄々をこねているだけだよな。詰まるところ「俺が納得しないから金かえせ」という駄々でしかない。
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