瓦礫の山
なかなかに37歳にもなるとジジくさくなるもので、子どもの頃に言われて全くピンと来なかったことが今になって腹落ちして、そしてつい言いたくなってくる。今から書くことはきっとそんなことだ。
僕は自分に才能があると思ったことはない。特異な部分はあると思うけれど、何もしなけりゃちゃんと落ちこぼれるし、そもそも僕なりに頑張ったところで中の上〜上の下、くらいに落ち着いてきた。ただの凡人だ。
ゆえに僕がいっぱしの自信のようなモノがついてきたのは32歳くらいで、ある程度胸を張れるようになってきたのはここ2年くらいだ。それは地道に積んできたものが芽吹いてきたからだろう。努力してきたというつもりはないけれど、その時その時で考えて調べて試して失敗して、というのを繰り返してきたからきっと今がある。
つまるところ、凡人が実力をつけるには何かしがを積み上げるしかない。その時その時で学び(真似び)、自分の中の何かを壊して作り直し、ガタガタになりながらも何かしがを積み上げていく。そうしてできた瓦礫の山は、才能とかなんとかでは追いつくことはできない。それに気づいて、ようやく自信ってやつになった。
まあそれが社会的地位とかと結びつくかは別だけどね。社会的地位ってやつは運と社会ゲームの攻略要素の比率がほとんどを占めている。残念ながら僕はそこに興味がなかった。やってみてもうまくいかなかったのが2025年だね。
ただ少なくとも今、自分が作り上げた瓦礫の山には少なからず誇れるものはある。それが何か、というふうに瓦礫の欠片を一つ一つ手に取って説明することはできないけれど、少なくともバラバラに積み上げられた何かが、今の僕を形作っている。それがある程度の高みには至っているのは、そこそこに自信になっている。