イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

思考も行動も

思考すべきか行動すべきか。たまにこういう二項対立を見かける。「量か質か」みたいな話も近いものがあるだろうか。大抵は「考えたところでわからないから行動すべきだ」という論と、「考えなしに行動しても良い結果は得られづらい」という論が対立している。 僕の結論はシンプルで「考えながら動け」「動きながら考えろ」という、どっちもやれ、っていう話だ。考えたところでわからないだとか、動かないと意味がないだとかはその通りだけど、一方で考えなしにただ行動し続けても徒労に終わる。だから、考え尽くした後に行動して、行動しながら考えたことを修正し続けていく。 米軍か何かの指揮官の言葉で、こんなものがある。「計画というものは大抵崩れるものだが、それでも我々はミッションの前に計画を綿密にかける」と。計画を立てていれば、計画が崩れた時にも対応できる、という矛盾めいたことが成立するのだ。 僕は多分、「思考」に偏った人間だと自覚しているが、一方でその思考の無力さとラクさは痛感しているので、行動を紐づけることを半ば習慣にしている。そう、ラクなんだな、考えるってのは。考えてるだけで上から目線になれるし、偉い気分にもなれてしまう。その考え通りに事がなった時に「そう思っていたんだよ」というだけで偉ぶれてしまう。 根っこは多分、「成立した論理」なんてのは誰でも作れてしまうので価値はない、ってことを識ることかな。論理の確からしさなんてこの世界においては証明ではないのだ。
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