囚えるインターネットから広がるインターネットに
スマートフォンと呼ばれるモノが生まれてから随分と経つが、存外このデバイスが生活に彩りを与えなくなっているように思う。まあ僕の使い方がよくないというのも多分にあるだろうけど、ちょっとそこから目を逸らして聞いてほしい。
何事にも慣れは付き物といえども、SNSをちらりと見たり、あるいは動画をちらりと見たり、あるいは天気予報や予定をちらりと見たり。そういったインスタントなコンテンツばかりだ。なんともジャンクフード的なデバイスになっている。
そしてその性質がインターネットそのものにも影響を与えているように思う。かつては「別世界への扉」くらいの広がりがあったはずなのに、気づけば監獄のような、窓のない囲われた室内のようになってしまっている。この小さなデバイスのスクリーンを見ている時の僕らは、なんとも囚われの身じゃあないか。
もっともっと可能性のあるデバイスだと思うのだけれどな。まさしく持ち歩けるコンピュータなわけだから。たとえば道を歩いていても「この近くに、誰かが写真を撮ったスポットがあるよ」みたいなのを教えてくれるとか、そういうのができるはずだ。捕まえてくるようなコンテンツではなく、拡げてくれるような。
そう考えると、現行インターネットコンテンツの「人気によって編集する」ってのは、たまにはあってもいいけれどあまりよろしくないね。