「食っていけないから」という衝動
昔、「るろうに剣心」の実写映画を観た時に、一番印象に残ったのは、なんてことない剣劇を飾る小さなセリフだった。悪党に加担する側の元サムライがいて、そいつと戦っている時に「お前も信念を持った士族だったはずなのに、なぜ悪党に加担するのか」と問われた際のセリフ。
「食っていけないからだよ」
これがとっても印象に残っている。とてもシンプルでありふれた言葉でありながら、とてつもないエネルギーを持った言葉だ。僕はそういう言葉に惹かれる傾向がある。そして「食っていけない」という理由は、人が魂を売るのに十分すぎる理由だ。
翻って現在、やれAIだなんだとIT業界、エンジニア業界は騒がれている。冗談抜きに、その中でエンジニアはどう生きるのか、というのが問われている気もする。まあそれ自体は珍しいことではない。他の業界でも問われ続けていたことに、エンジニアも問われているだけだ。
その中での命題にはどうしても「食っていけるかどうか」という大きな問題がちらつく。人間なんだから仕方がない。食っていくために変化を拒むこと、あるいは変化の方向を捻じ曲げること、というのは人間の習性だ。実際、ちょっと前のWebのフロントエンド周りは酷いものだった。でも、当人たちはアレで食っていけるのだ。コンサル屋が会社をつぶしても生き残れるのは、コンサル屋もコンサル屋に依頼する側もソレで食っていけるから・・・というのは単純化しすぎかな。でもその要因は小さくないだろう。
僕自身は「どうなってもいい」という感覚で生きている。もちろん食っていきたいが、まあ最悪、野に落ち延びようともかまわない。そう思っているのだけれど、一方で人間の「食っていきたい」という衝動はちゃんと認識しないといけない。