営みを観光したい
僕は「観光業」というものが実のところ、あまり好きではない。観光という行為そのものは好きだが、観光業という形態は好きじゃない。少なくとも僕が観光したいものは、そんなものではない。
僕が極端に人だかりが嫌いなこともそうだが、僕は空間に「生活」や「営み」があるところを観光したいのだ。ところが多くの観光名所は、「観光」という様相が生活を覆い尽くしている。京都の街並みは観光客がひしめきあい、風情といったものは感じづらい。せっかくの古都の風土は行間を失って切り離されてしまった。
もちろん、「観光」そのものが営みとしての歴史を持つならばいいと思う。ハワイの観光街などはその典型だろう。まあ古くからハワイにいる方々には度し難いのかもしれないけれど、ハワイの観光街は、観光の観光による観光のための観光街に思う。あるいは観光というものが先んじることなく、営みの延長に観光があればいいなと思う。
今僕が観光旅行に行くとしたら、まずなるだけ「観光業」に見つかっていない場所を選ぶ。最近は岐阜に興味がある。あるいは今住んでいるところから近い飛騨や木曽の宿場町はいいものだった。観光と生活が共存しているくらいのバランスがちょうど良い。