イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

女気(おんなぎ)

これは昨今のジェンダー的文脈とは切り離していただきたいのだが、僕はたまに友人と「女気(おんなぎ)」という話をする。これは「漢気」とほぼ同義で使っているのだが、女性にもそういう日本女性特有の格好の良さみたいなものがあり、それを感じた時に「女気があるなあ」というふうに評する。 これは単なる姉御肌というわけでもない。僕が思い浮かべるのはある時代劇フィクションだ。ある侍が病弱の妻を娶ったのだが、刺客に襲われて逃げ落ちねばならなくなってしまう。その際に妻は「私が時間を稼ぎましょう」と告げる。侍は妻を気遣うのだが、妻は夫に対して毅然とこう述べる。「夫の大事を守らずして何が妻ですか」と。 ここで取り沙汰したいのは、ここに秘める「毅然さ」だ。別に「妻ならば夫を守れ」などと言いたいわけではなく、女性ならではの気高さというものがある、という話だ。日本男児には弁慶や新撰組に感じる男気があるように、女性には女性の気高さがある。 現代においてそれが何かはわからない。男気というものが時代によって移りゆくのと同等に、女気も移り変わるだろう。それは紫式部、北条政子、寿桂尼、淀君、大奥の女歴々、与謝野晶子などなど、時代によって移り変わってきただろう。ただ、そこにあった「気高さ」という価値観は、僕は大事にしたいなと思う。 もちろん、男気にも似たようなことは言えるが。
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