イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

それは意見ではなく腹いせ

最近のSNSでは、発表されるゲームや新発売のゲームに対して批判されるような、とても嫌な風潮がある。まあゲームに限らないかもしれないけれど僕はゲーマーだから、それが目につく。 大規模なモノはさて置いても、やれUIがどうのだとか操作性がどうのだとかを声高々に取り上げるのはいかがなものかな。それも含めてゲームだし、そういうのを非対称なSNSという場で憶測含めて書き連ねるのは、なんともイヤな魔女裁判だと思うわけだ。 まあ実際、人類はこういうことを繰り返してきた。実のところ「金かえせ」「俺の気に入るようにしろ」という要求に過ぎないものを、自分なりの合理をこじつけて正当化したり、味方をいっぱいつけてゴリ押したりする。コロシアムで負けた剣闘士を死刑にするのも、怪しいやつを魔女裁判にかけるのも、全部そうだ。つまるところは「腹いせ」なのだ。 ゲームにおいて、それはユーザの首を絞める行為だ。今の時代、それこそ「アップデート」することができる。正当に意見を提供することができれば、もしかしたら本当にユーザの声どおりの修正が行われるかもしれない。そのためには開発陣のテンションをあげること、あるいはその後ろにいる経営陣に金を出させることが大事だ。批難を浴びせるということは、そのプロジェクトに対して逆風となる。 そういう意味でもやめたほうがいいのに、素人考えと腹いせが増幅されて風評被害にまで発展する、現代のゲーム周りの流れは、ほんとうに残念だな。多分、もっと「操作性が悪いのになんか楽しい!」っていう体験をしたほうがいい。
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