イオリンの手紙

瓶詰めの紙切れ

黒死病とロンドン大火が

この連休に「コーヒー・ハウス」という本を読んでいる。昨今広がるカフェや喫茶店の起源というか興りに近い部分に存在した「コーヒー・ハウス」を、ロンドン文化史を織り交ぜながら書いている。故・松岡正剛さんが取り上げていて、そのコーヒー・ハウスに存在したクラブ性に興味が出たので読み進めている。 僕はまだまだ知識に浅いので、ヨーロッパあたりの文化や歴史については知らないことが多い。アン女王の存在は知っていても、そこから時代やエポックメイキングな出来事を思い浮かべることはできない。ゆえにそういった史上の名称が出るたびに、調べたくなってなかなかに読み進められない。 序盤において黒死病・ペストの流行、あるいはロンドン大火などが出てくるのだが、そのリアルさに舌を巻いた。歴史の教科書で読むのと、当時の日誌や記録などを引用しながら知るのとではワケが違う。そこに稚拙ながら過去に体験したさまざまな作品のイメージを織り交ぜて脳内で擬似体験する。全くもって生ぬるいだろうけれど、そうして知識が身体性を帯びる。 僕は現代の医療制度には腑に落ちない部分を感じるものの、一方で近代でなければ早々に死んでいただろうと思う。そもそも上流階級でさえ、幼児の1/3は5歳未満で亡くなっている時代だ。僕なんてとっくに死んでいる。「食卓さえ複数の家族が代わりばんこに使う」というような住宅状況だったと聞けば、過密と言われる東京も随分と快適な世界だ。もちろん、肥溜めが上階から投げ捨てられることに気を配る必要もない。 こういった文字通りくそったれな状況を変えたのは、それこそ疫病とロンドン大火らしい。くそったれな状況が最悪な事態に至り、それに伴ってまっさらになったが故に再構築されたというわけだ。 この先続けようと思った言論はいささか過激になるので避けるが、むべなるかな。
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