クサい中に
引き続きTweet.appを見ているのだけれど、SNSの隆盛みたいなものを高速で見ている感覚があって興味深い。数日前までは日常的なことをツイートしている方が多かったのが、今日では、いわゆるインフォグラフィックのような、1枚ポスターのようなモノに「Tweet.appのまとめ」などのようなものを投稿する方々が現れている。
彼らの行動原理を言葉にするのは容易だけれど些か早計にも思う。とにかく、人間という生態はおもしろいもので、こういう場所にはそういう人たちが現れてくるのだ。それは今読んでいる「コーヒー・ハウス」においてもそうだ。コーヒー・ハウスにおいても、最初はお酒は高いし健康を崩すし世間体も悪いので、それから退避するために皆がコーヒー・ハウスに入り浸っていたのが、そこの壁面に広告宣伝やらが並びはじめ、メディアが生まれ、といった具合だったろう。
ゆえに「これだから広告屋は」「どうせ目立ちたいんだろう」と一笑に付すのはとても楽だけれど、流れから目を背けてしまう行動で、つまりは冷笑と呼ばれ危ぶまれる行為だから、先ほどはちょいと待てよと言った次第。僕の自動思考・無意識は、そういういわゆるビジネスくささを感じると「くっさ!」と思ってしまうけれど、いやもクサいのは僕の無意識かもしれないし、そもそもクサいところにこそ求めるものがあるのかもしれない。
僕が昨今、タバコに対して少々ばかりか寛容になっているのも近いところだ。両親が喫煙家だったこともあって僕の兄弟姉妹はみなタバコが苦手で、タバコを問答無用に切っていたが、一方でタバコというものに潜む文化的側面・メディア的側面は無視できんよなと思う。お酒も同様。コーヒーも同様だ。結果、文化的側面としてのタバコは好きだが、傍迷惑なだけのタバコは嫌いだ。まあ、そんなもんだ。