メディアとクラブ性
僕はこれまで幾度も「これをやりたい」と思いつつも早々に辞めてしまったことがたくさんある。まあやってみて「なんかちゃうなあ」となることもあるし、少々続けてみて飽きることだってある。今から書くこともそうなる可能性は大きいのだが、最近、メディア運営のようなものをやってみたいなと思うようになった。
まあ今これを書いている媒体も曖昧な意味合いにおけるメディアと呼べるものだが、これは僕のテクストが主体のもので、それよりはもう少し「媒体」の方に主体をおいたメディアだ。
それは僕が持つ複数のアイデンティティを思い浮かべながら考えたことだ。随筆家であり、エンジニアであり、デザイナであること。理系と文系、あるいは芸術と合理といった相反しそうな2つの要素が同居していること。そういったところが「メディア」という要素と噛み合うのかもしれないな、と思った次第だ。
加えて、まあ僕自身、存外メディアというやつが好きなほうかもしれないと感じているのもある。マスメディアではなく、クラブ性のあるメディア。ほぼ日であったり千夜千冊であったり、あるいはファミ通みたいなゲーム雑誌が昔から好きだったり。ゲームという要素のもと様々なコンテンツがページをめくるごとに切り替わる。ポケモンの記事の次のページにギャルゲーの特集があるとか。そういう「違うモノがある羅針のもとにひとまとまりになる」という媒体が好きなのかもしれない。
そう考えると現代に蔓延る「サジェスチョン」なんてのはおおよそ余計なお世話だね。人気とアルゴリズムによるコンテンツの大衆化はおおよそ、僕としては懐疑的になるね。