フィクション台詞を拾って
もう15年ほど前になるか。漫画「センゴク」の中でこんなセリフがあった。「威張りたいのかいじけたいのかはっきりしろぃ!」と。いわゆる世捨て人に近い心境となった・・・と自称する戦国時代の海賊頭領がいて、その彼が色々と並び立ててきたことに対した、主人公・仙石権兵衛の発言だった。「そんな戦国大名になって出世してなんだというのだ」「もっと気ままに生きればいいじゃないか」といった文言に対する先述した言葉だ。
まあ現代でいう冷笑文化みたいな話だ。冷笑文化とは何が悪いかというと、その実、目を背けていじけているからだ。ただ。「いじける」とは「いじく」であり、その意味は「縮む」だ。つまり、わかったふうを装って目を背けて、縮こまってしまっているのが、現代において揶揄される冷笑の正体だろう。
それを「威張りたいのかいじけたいのかはっきりしろ」という生きた言葉で両断しているのが見事なものだ。要は冷笑とは虚勢なのだが、斜(はす)に構えて冷笑する行為は、虚勢という自覚を曖昧にできる。正面突破で「う、うるせえ!」と云うのは虚勢だが、軸をずらして「何がんばってんの?」と云えば虚勢には見えず、むしろ賢(さか)しく見える。ところが、こうすることで問題を先送りしてしまう。
似たような話で「皆、被害者で居続けたい。被害者でいるうちは、不満をこぼしつづけられるから」といった言葉がある。これはなんだったかな。この言葉はこの言葉で危ういところがあるが、一方でそういうロジックは成り立つ。
ただ、ドラマ「リーガルハイ」ではそんな生き方に明確にNOを突きつける。「誇りある生き方を取り戻したいのなら、見たくない現実を見なければならない」と。なかなか過酷な言葉だし、一方でヒロイックなリズムが強いが、それだけになかなか目を背けることが難しい。
まあ何が言いたいでもなく、ドラマとか漫画とかゲームとか、そういうものの中で言葉・メッセージを拾っていくことは、いいことだよ。